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東京高等裁判所 昭和56年(行コ)22号 判決 1982年2月16日

新潟市営所通り二番町六九二の五

控訴人

新潟税務署長

小林富一

右指定代理人

桜井登美雄

鳴海恣祐

藤田亘

阿島丈夫

同市沼垂東五丁目三番五号

被控訴人

貝津実

右訴訟代理人弁護士

中村洋二郎

中村周而

工藤和雄

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

被控訴人は、適式の呼出を受けながら、当審の口頭弁論期日に出頭しないが、陳述したものとみなすべき被控訴代理人の答弁書には控訴棄却の裁判を求める旨の記載がある。

第二  当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり訂正、付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  被控訴人の陳述

前記答弁書には、「被控訴人の原審における主張に反する控訴人の主張はすべて争う。なお、控訴人が争っているのは、実質税額で約二万円程度のものであり、被控訴人のような生活困窮者にとっては、上京して争う費用の方が大であって、口頭弁論期日に出頭できない。それを見越しての本件控訴は、控訴権を濫用するものである。」との記載がある。

二  誤記の訂正

原判決九枚目裏一一、一二行目の上から四段目に「」とあるのを「」と、同一〇枚目表一二行目に「四八万八六四六+五三八六円」とあるのを「四八万六四六円-五三八六円」とそれぞれ訂正する。

三  控訴人の主張の補充、追加

1  原判決六枚目表一〇行目の次に行を変えて左のとおり加える。

「なお、右の一日の平均売上高八〇〇〇円というのは年間を通じてのものである。被控訴人は売上高に季節による変動があるというが、夏場と冬場とで大差は認められない。原判決一一枚目表一行目以下の表に記載した同業者四名の昭和四〇年中の毎月ごとの売上金額について、年間を一〇〇として売上指数を求めると、冬場(一、二、一二月)の売上指数は一か月平均七・八、夏場(六、七、八月)のそれは同八・三となって、その差は僅か〇・五にすぎず、また、総理府統計局作成の昭和四〇年分家計調査年報により人口五万以上の都市の一世帯当り各月の野菜類及び果物類の消費支出額についてみると、同年の冬場(前同)の月平均支出は二四〇七円(指数六・六)、夏場(前同)のそれは三〇〇九円(指数九・三)であってその指数の差は二・七であり、家計消費支出中の右の費目と青果物販売業の売上高とは正比例するとみられるので、これらの点からみても、季節的変動は大きいとは考えられない。また、一日八〇〇〇円というのが年平均でなく、昭和四〇年八月当時の一日当りの売上高(月額二〇万円)であったとしても、これに右の同業者四名各自の八月分の売上指数(同業者A七・一、B七・七、C一一・七、D五・九)を適用してそれぞれ算定し(例えば<省略>)これを平均すると年間売上金額は二五一万三五七五円となり、被控訴人の年間売上高を二四〇万円と算定したことはほぼ正確であるといえる。」

2  同六枚目裏一一行目の次に行を変えて左のとおり加える。

「なお、被控訴人が雇人に現物支給した食費一三万二〇〇〇円は、右支給給与額から差し引かれているが、これを右支給額と別途に経費として計上すべきではない。」

3  同七枚目裏一行目「八万四五九九円」の次に「(そのうち昭和四〇年分四万〇七三六円は、前記(三)の特別経費として控除した同信用組合への支払利息に該当する。)」と加える。

4  同一二枚目表五行目の次に行を変えて左のとおり加える。

「4仮に、青果物販売業の売上高に関する前記主張が理由がないとしても、以下に述べるところにより、結局本件課税処分は適法である。

(一) 青果物販売業の売上高を被控訴人主張のとおり年間を通じて一日平均四〇〇〇円、一か月平均二五日として年額一二〇万円としても、これに、売上金額において被控訴人と事業規模が類似すると認められる新潟市内の同業者の売上高に対する販売原価及び一般経費の割合(経費率)八〇・七一パーセントを乗ずると、その金額は、九六万八五〇二円となる。

(二) 右経費率を算定した根拠は以下のとおりである。

新潟市内において、青果物小売業(食料品雑貨を含む。)を営む個人の青色申告者を対象とし、<1>昭和四〇年において暦年事業を継続している事業者で、年の中途において転業又は業態の変更等のないこと、<2>所得税青色申告決算書を提出している青色申告者であること(ただし、更正又は決定処分を行ったもののうち、国税通則法の規定に基づく不服申立期間及び出訴期間を経過していないもの並びに当該処分に対して不服申立がなされ現在審理中のもの又は訴訟係属中のものを除く。)の各条件に該当する者全部(五名)を抽出し、その中から更に、被控訴人と同規模の者を選定するため、収入(売上)金額が被訴訟人のそれの約〇・五倍(六〇万円)以上約二倍(二四〇万円)以下の者を対象とすることとした。これにより対象となった同業者は三名で、算出所得率は次のとおりである。

<省略>

そして、右算出所得率を基礎に、標準偏差から限界値を求める方法により、真の平均値を求めるのに有効な上限及び下限を求めると、(算定方式は前記3(一)(2)及び3(二)(2)と同様)、上限値は二二・九一五パーセント、下限値は一五・六七〇パーセントであって、右同業者(B、C、D)のうち例外的数値として除外されるものはないことが検証されるので、右同業者B、C、Dの算出所得率の算術平均値をもって平均算出所得率とした。したがって、経費率は、一から右平均算出所得率〇・一九二九を差し引いた〇・八〇七一(八〇・七一パーセント)である。

(三) 青果物販売業にかかる収入並びに販売原価及び一般経費の額は右のとおりとし、その余の各費目は前記のとおりとすると、被控訴人の昭和四〇年分の事業所得金額は次表のとおりとなり、結局所得金額は二二五万七六二六円であって、本件課税処分にかかる事業所得金額二〇二万九一五八円を上廻ることとなる。

<省略>

四 当審における証拠関係

控訴代理人は、乙第一六号証、第一七号証の一・二、第一八ないし第二〇号証、第二一号証の一・二、第二二ないし第二八号証を提出した。

理由

一  被控訴人は、本件控訴が控訴権の濫用である旨主張するが、第一審で一部敗訴した当事者は、当然敗訴部分について控訴を提起する利益を有するのであって、敗訴部分の訴額ないしはこれにかかる実質上の利益が少額であり、かつ、法律上専属管轄と定められた控訴裁判所が被控訴人の住所地から遠隔の地にあるからといって、そのことだけから控訴を制限される理由はなく、その他本件控訴をもって控訴権の濫用と認めるべき特段の事情は見当らないから、右主張は採用することができない。

二  請求原因1項のとおり本件課税処分がなされた事実は、当事者間に争いがない。

三  被控訴人の所得金額についての推計の必要性に関する判断並びに貨物運送業の収入(売上)金額の認定及びその所得金額の推計に関する判断は、原判決一六枚目裏四行目から一七枚目裏六行目までと二〇枚目表一二行目から二四枚目表九行目までの説示と同一であるから、これを引用する。

四  次に青果物販売業の所得金額について検討する。

1  被控訴人がその青果物販売業に関しては仕入、売上の全般についての帳簿類等を作成していなかったことは前記のとおりであるところ、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一九号証、第二六号証の各記載、原審証人下妻信行及び同猪浦芳夫の各証言中には、新潟税務署の係官下妻信行が昭和四一年八月上旬ころ、関東信越国税局協議団の係官猪浦芳夫が同四二年六月一三日ころそれぞれ調査のため被控訴人方に赴き、被控訴人の妻貝津ヨシノに面接し質問したのに対し、同人は青果物販売業の年間を通じての一日平均の仕入高は約六〇〇〇円、同じく売上高は約八〇〇〇円である旨回答したとの部分があるが、右質問、回答に際し、右仕入・売上各金額が調査時点に限らず年間を通じての平均値であることを明示的に確認していたか否かは疑わしく(この点がとくに意識されていたとすれば、季節的な変動の有無、最高時と最低時の売上等の額などが具体的に確認されてもよいはずであるが、かかる確認がなされた形跡はない。)、更に原審における被控訴人本人尋問の結果に対比すると、前掲乙号各証及び各証言中、前記金額が年間平均のものである旨の部分は、ただちに採用するに足りない。また、控訴人は、前記売上高一日当り八〇〇〇円が調査時点のものであったとしても、季節的には大きな変動はない旨主張し、同業者の売上指数等を採用するが、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第一七号証の二によって同業者の月別売上高についてみると、業者によっては季節的に顕著な変動のないものもあるが(その記載の同業者A)、五、六、八月等の売上の多い月に比べて一、二月は四割前後に減少している例(同C)、八月の売上が一、二月の約一・五倍となっている例(同B)、また逆に夏場より冬場の方が高額となっている例(同D)などもあって、季節的な変動は各業者の個別的事情によってかなり異なるものと推認されるところ、前掲各証言及び本人尋問の結果によれば、被控訴人は、その販売する青果物を中央卸売市場から仕入れるのではなく、毎日、朝市の小売商から買入れてリヤカーで運んで来ていたことが認められ、雪国の冬期においては、右のような態様の営業にある程度困難が生ずるであろうことは十分考えられるので、右本人尋問の結果中、売上高に季節的な変動があった旨の部分は、変動の巾はともかくとして、相当程度首肯しかつ信用することができ、したがって、前記同業者の平均的数値からただちに被控訴人の営業収入の季節的な変動の程度を類推することは相当でない。なお、控訴人主張の家計消費支出も、同様の理由で、推認の根拠とするには足りないというべきである。

更に、控訴人は、一日八〇〇〇円という売上高が八月のものであったとしても、これに前記同業者四名の年間売上高と八月分売上高との比を乗じたものの平均によって求めた年間売上高は二四〇万円を超える旨主張するが、右のとおり季節的な変動の状況は各業者ごとにかなり異なるので、このような平均的な数値を被控訴人の場合に適用すべき根拠は十分でなく、右主張も採用することができない。

したがって、被控訴人の青果物販売業の売上高が年間二四〇万円に達していた事実を認めることはできず、これを前提とする控訴人の推計は、その余の点について判断するまでもなく、失当である。

2  次に、控訴人は、予備的に、被控訴人の認めるとおり、青果物販売業の売上高を年間を通じて一日平均四〇〇〇円、年間合計一二〇万円であるとした場合の推計を主張するので、これについて判断する。

その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第二〇号証、第二一号証の一・二、弁論の全趣旨から真正に成立したものと認められる乙第二七号証によれば、控訴人が、その主張のとおりの方法、基準により、新潟市内の青果物小売商のうちの個人青色申告者から被控訴人と同規模の者を選出し、計算した結果、これら同業者三名につき控訴人主張のとおり算出所得率の算術平均一九・二九三パーセントという数値が得られたことが認められ、この数値は、算出の過程に鑑み、同業者の所得率の平均値として正当な推計の基礎とするに足るものと解される。なお、このような推計が許容されることは、前記の貨物運送業の所得の推計に関して判示したところと同一である。

そうすると、被控訴人の青果物販売業による収入について、販売原価及び一般経費の額は一二〇万円に平均経費率八〇・七一パーセントを乗じた九六万八五二〇円であり、算出所得金額は二三万一四八〇円となることが認められる。

五  次に、特別経費の額について判断する。

1  前掲乙第二六号証、原審証人下妻信行の証言から真正に成立したものと認められる乙第一五号証、右証言によれば、五〇万一〇〇〇円の給与を支給した事実が認められる。もっとも、右乙第一五号証には、従業員の食費一三万二〇〇〇円が右支給給与額とは別個に計上され、両者の合計二六三万三〇〇〇円が雇人費として記載されているが、右証言によれば、同証人は、被控訴人に面接して調査し乙第一五号証を作成するに際し、食費を給料から差し引いているのか、これとは別個に支給しているのかを確認したものではないと認められること、右乙第二六号証及び原審証人猪浦芳夫の証言によれば同証人が被控訴人の妻ヨシノに質問した際は、食費を給料から差し引いている旨の回答を得た事実が認められること、右乙第一五号証の記載によっても、食費が給料とは別支給であるとすると、雇人時期や給与単価の等しい雇人の間でも住込みの者と通いの者との間に給与支給総額に不均衡が生ずるとみられること等の点を考えると、乙第一五号証の前記の記載はその作成者下妻信行の誤解によるものであって、食費は給料から差し引かれていたものであり、これを別個に経費として計上すべきものではないと認めるのが相当である。

原審における被控訴人本人尋問の結果中、支給給与額が右認定の額を超えるごとく述べる部分は、前掲各証拠に対比して採用するに足りず、他に右認定に反する証拠はない。

2  被控訴人が、昭和四〇年中に、その取引先の金融機関に、控訴人主張のとおり合計一〇万一六七六円の利息及び割引料を支払った事実は、当事者間に争いがない。

3  被控訴人は、貨物自動車二両の譲渡損が発生した旨主張するが、原審における被控訴人本人尋問の結果は、当該自動車の購入価額、使用年数等について必ずしも明確でなく、したがって右損失額算定の基礎として採用するには十分でないし、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。

4  したがって、特別経費の額は右1と2の合計二六〇万二六七六円と認められる。

六  次に、控訴人主張の雑収入について検討するに、弁論の全趣旨から真正に成立したものと認められる乙第一一号証、第二二及び第二三号証、第二八号証、前掲乙第二六号証によれば、被控訴人は、昭和三九年三月二三日、新潟県信用組合から三四万円を借り受け、その元本を分割して同四〇円一一月一五日までに返済したが、その間、遅延損害金については、同三九年一二月三一日までの分四万三八六三円、同四〇年一月一日から完済までの分四万〇七三六円、合計八万四五九九円のうち三万二〇〇〇円を支払い、残額五万二五九九円について右元本完済の日に右信用組合から債務の免除を受けたこと、そして、右免除額のうち昭和四〇年分に該当する四万〇七六三円は前項2の支払利息として特別経費に計上したものであることが認められ、これに反する証拠はない。そうすると、右金額の免除益は同年中に発生した所得として計上すべきものと解される。

七  以上に判示したところによれば、被控訴人の昭和四〇年分の事業所得金額は、控訴人の予備的主張4(三)の表のとおり算定されて、二二五万七六二六円となり、したがって、本件課税処分で認定された所得金額二〇二万九一五八円は右の範囲内であるから、結局右処分は適法であることに帰する。

八  被控訴人は、本件の税務調査は、被控訴人が新潟民主商工会の会員であることに着目し、同会の組織活動を弾圧するために行われたものであるから、違憲であり、これに基づいた本件課税処分は違法である旨主張するが、この点に関する判断は、原判決二七枚目表二行目から同裏一行目までの判示と同一であるから、これを引用する。

九  よって、本件課税処分は正当であって、その取消を求める被控訴人の本訴請求は失当であり、原判決中右請求の一部を認容した部分は不当であるからこれを取消して、右部分につき被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井口牧郎 裁判官 野田宏 裁判官 藤浦照生)

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